大判例

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東京高等裁判所 昭和28年(ツ)57号 判決

上告人 被控訴人・原告 野口英次郎

訴訟代理人 中村莊太郎 小林亀郎

被上告人 控訴人・被告 山下一郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用を上告人の負担とする。

理由

上告代理人は「原判決を破毀する。被上告人は上告人に対し東京都港区麻布富士見町九番地の十二所在、家屋番号同町九番の二木造木羽葺平家建居宅一棟建坪十坪(実測十五坪)及び木造紙葺平家建物置一棟建坪五坪を収去して、その敷地六十一坪六合三勺を明渡せ。訴訟費用は第一ないし第三審を通じて被上告人の負担とする。」との判決を求め、それぞれ別に、別紙上告理由記載のような上告理由を主張した。

上告代理人中村莊太郎の上告理由と上告代理人小林亀郎の上告理由第一点及び第三点に対する判断

訴外丸文株式会社が被上告人に対し本件土地を売渡し、右売買契約が解除されたときに、被上告人の本件土地に対する借地権が復活することについて、原審が、上告人主張のように認定判断したことは、原判決の理由の記載によつて明である。契約が解除された場合には、契約の当事者双方について契約によつて生じた債権債務がなにもなくなる状態に帰するものであり、その場合に、契約が成立したことの間接の効果によつて消滅した法律関係が当然に復活するものでないことは、上告人主張のとおりであり、原判決の認定するところも、本件土地の売買契約によつて、本件土地の所有権を取得した結果、混同によつて一たん消滅した被上告人の本件土地に対する借地権は、右売買契約が解除されたことによつて当然復活するとしているのではない。原判決の説明しているところは、多少かんたんで意を尽していないきらいはないではないが、その説明しているところを敷衍すれば、被上告人は本件土地上に平家一棟と物置一棟とを所有しているのであるから、本件土地の売買契約が解除された後に、売買契約成立以前に有していた本件土地に対する賃借権が当然消滅したままで復活しないとすれば、土地所有者に対し右建物を収去して本件土地を返還しなければならないような関係になるのだから、このような場合には、当事者の間で売買契約のさい、解除の場合に本件土地に対する被上告人の借地権が復活するかどうかについて、別段の特約をしない限り、借地権が復活する旨の暗黙の合意がなされているのであるから、当然に借地権が復活すると解するを相当とするところ、本件において、上告人はこの点について被上告人の賃借権が消滅したままで復活しないという点についての別段の特約はなにも主張立証しないから、被上告人の本件土地に対する借地権は復活したと解するのが相当であるとしたのである。原審の判断の前提になつている右のような経験則は、右認定の事実の場合に限定して考へれば、存しているものであるから、この点について原審は法律の解釈を誤つていないし、又立証責任の原則の適用をも誤つてもいない。又このように解して、賃借権が復活して不利益を受ける者は売買契約の当事者である丸文株式会社のみで、本件の場合には、第三者はなんの不利益を被るものではなく、上告人は右売買契約解除後に本件土地を取得したものであるから、民法第五四五条但書の第三者には該当しないのである。故に、この点に関する上告理由は、原判決の説明を誤解し、独自の見解にたつものであり、又上告人の援用する判例はいずれも本件の場合には適切なものでないから、いずれも理由がない。

上告代理人小林亀郎の上告理由第二点に対する判断。

借地借家臨時処理法によれば、借地権の譲渡があつた場合は第三条によつて譲渡の効力は当然賃貸人に対しても生ずるのであつて、第四条の遅滞のない通知によつて初めて譲渡の効力が土地の賃貸人に対する関係で生ずるものではない。故に仮に本件の場合に被上告人から丸文株式会社に対する遅滞のない通知がなされなかつたとしても、同会社が被上告人に対し、それがために生じた損害賠償の責任を請求することはできるが、被上告人の借地権の譲渡の効力にはなんの消長を来たさないものである。故にこの点に関する上告人の上告理由も採用することはできない。

故に、本件上告はいずれも理由がないから、民事訴訟法第四〇一条によつて本件上告を棄却し、上告審での訴訟費用の負担について同法第九五条第八九条を適用し、主文のように判決する。

(裁判長判事 柳川昌勝 判事 村松俊夫 判事 中村匡三)

上告代理人中村荘太郎の上告理由

原判決は民法第五四五条契約解除の効果に関する法律の解釈を誤りたる違法がある。乃ち、原判決は「賃借人が賃貸人から其賃借物件の所有権を取得する時は当事者間に賃借権の存否につき何等の合意がない場合は特に賃貸借を継続すべき利益の存する場合の外は賃貸借は終了するものと解すべきであるが右所有権移転契約が解除された時は当事者間の法律関係は右所有権移転契約がなかつたと同一の効果を生じ右効果に付随して予め当事者間に契約解除と共に賃貸借を消滅させる旨の約定なき従前の賃貸借は当然復活するものと云わなければならない」と述べて居るが仰々売買契約解除の場合民法第五四五条に従つて発生する解除の効果(原状回復)は売主たりし者は売主の義務を負はざりしと同時に買主たりし者は買主の義務に任ずる事あるべからざるに至る事之である、売買契約解除の効果として生ずる原状回復の範囲は以上にて尽きるものである事は同条第二項に於て返還すべき金銭には其受領の時より利息を付する事を要すると規定してある所以である。然りと云へ共売買契約の内容其のものに非ずして只売買契約締結の結果之に随伴して副として生じた別個の法律要件たる混同に依り又は売買契約成立を契機として抛棄に依り消滅した賃借権が相手方(売主)の合意なくして当然復活するものとなすは民法第五四五条を逸脱したる解釈と云わざるべからず。何となれば不履行を敢へてして契約解除を受けたる買主(賃借人)が自己の利益のため相手方(売主)の同意なく売主の利害を顧慮することなく一旦既に消滅したる賃借権を当然自己のため復活せしめ得るとなすが如きは相手方の利益を蹂躪する事にて民法第五四五条但書「但し第三者の権利を害する事を得ず」との規定の類推解釈よりするも許されざることである。

上告代理人小林亀郎の上告理由

第一点原判決は挙証責任に関する法則を誤り契約解除の結果に関する法律の解釈を誤りたる不法がある。被上告人は原審に於て「尚ほ仮りに従来の主張が容れられないとしても原被告間の売買は単純なる売買でなく将来本件売買契約が解約取消等の為された場合は被告が訴外栗田から譲受けた本件土地についての借地権は当然存続するとの条件が黙示的に附加されていたものである。従つて原告主張の売買契約解除が効力ありとしても被告の借地権は残る訳である」と述べている。そして右の主張事実は上告人に於て之を争ひたることは本件記録により明白なところである。而して右被上告人主張の本件土地の売買にはその売買が解約又は取消があつたときは被上告人が栗田より譲受けた賃借権が当然存続するとの条件が黙示的に附加されたか何ふか、此主張事実に争あるときは此主張事実により利益を受くべきものに於て之れを立証しなければならないことは証拠法上の原則であつて従来大審院判例の認めるところである。(大審院昭和三年四月十八日民事判例集第七巻二八三頁)(同昭和六年五月十九日法律新聞第三二七七号一三頁)(大審院明治三十八年十二月六日民録一一輯一六三九頁参照)(同大正六年三月十日同二三輯四九〇頁)(同明治三十八年六月十九日同一一輯九九二頁)然るに被上告人は此点に関する立証をしたことはないから、その立証責任を尽さない被上告人の主張が排斥せらるるのが当然であるに拘わらず原判決は「賃貸借は終了するものと解すべきである、しかし右所有権移転契約が解除されたときは当事者間の法律関係は右所有権移転契約がなかつたと同一の効果を生じ右効果に附随して予め当事者間に契約解除と共に賃貸借を消滅させる旨の約定なき限り、従前の賃貸借は当然復活するものといわなければならない……」と判示している。けれども右の解釈は立証責任に関する法則を誤り前示判例に違反する不法のものである。賃貸借契約ある場合にその賃借人が賃借物の所有権を取得したときは混同により、その賃貸借の消滅することは原判決の説示の通りである、然るにその賃貸物件を売買する場合には通常の取引状態に於て、契約解除を予想して売買契約をすることは稀有の場合である(裁判所に於て争訟上の和解をする時解除を予想した条項を挿入することはあるが、これこそ特段なる場合であつて斯ることは通常の取引に於ては行はれるものではない)従つて本件の場合当事者が通常の取引として売主(丸文)が買主(被上告人山下)の不履行あることを予想しなかつたことは勿論であつたから通常の状態としてその特約をしなかつたことも当然である、従つて通常の取引に於ける通常の売買契約に於て特別の契約をしないから其解除の場合賃貸借契約が復活すると判断したのは違法であつて特約があつてこそ初めて賃貸借が復活すべきものである。然るに却つてその特約の主張立証が無いから賃貸借は復活するとて上告人に敗訴の裁判をしたのは挙証責任に関する原則を顛倒し前記判例に違反するのみならず重要なる法律の解釈を誤つたもので原判決は此点に於て破毀すべきものと信ずる。

第二点「裁判所は判決を為すに当り其為したる口頭弁論の全趣旨及証拠調の結果を斟酌し自由なる心証に依り事実上の主張を真実と認むべきか否を判断す」べきものとす(民事訴訟法第一八五条)従つて其証拠の取捨判断は裁判官の自由心証によるべきものなりと雖も其証拠なきに拘はらずその証拠の存在するかの如く判断することは従来の判例に於ても之を許さないところである。

然るに原判決は被上告人が本件土地に対して借地権あることを認むるに当り「次に成立に争のない乙第二号証、甲第三、四号証当審証人栗田繁夫の証言により真正に成立したと認められる乙第三、四号証及原審並に当審の証人栗田繁夫の各証言原審及当審の控訴本人の各供述を綜合すれば控訴人は罹災当時の借家人として昭和二十二年七月頃前記栗田に対し本件土地賃借権譲渡の申出をなし同人から右借地権を坪百二十円の割合で譲受け遅滞なく、その旨を丸文株式会社に通知したこと……が認められる」と判断した。而してその遅滞なく借地権を譲受けた事の通知は罹災都市借地借家臨時処理法第四条により絶対必要条件であるから此判断をするに当つてはその通知は果して遅滞なき期間に於て為されたか否やを証拠に基いて審究するを要する。然るに本件記録を査閲するに前記証人等の証言によりては遅滞なく之れを通知した旨を認むべきもの一も存せざることはその援用甲乙各号並に証人及本人の供述に見るべきものはないのである証拠の取捨判断は固より原審の職権に属する事項ではあるけれども、その事即ち遅滞なく通知した事に関しての証拠は記録上一も存在せず却つて証人栗田繁夫の証言によれば「丸文に借地権譲渡の通知はしませんでした」との記載があつて遅滞なく通知した旨の証言その他の証拠は一も存在しない、然らば如何に自由心証主義を採るとしても何等存在しないに拘はらず、その証拠あるが如く判示したのは虚無の証拠により事実の認定をしたので採証の法則に違背ある不法のものと言はなければならない。

第三点原判決は債権消滅に関する重要なる法則を誤解したる不法がある。債権は混同によつて消滅するものであることは民法第五百二十条の明定するところである。而してその債権が第三者の権利の目的たる場合に於てのみ消滅しないものとしてある。(民法第五二〇条参照)而して本件の場合仮りに被上告人に賃借権があつたとしても昭和二十三年四月七日当該物件を被上告人が地主丸文株式会社より買受けた事により民法第五百二十条の混同により該借地権は消滅したものであることは原判決も認むるところである(昭和四年(オ)第一七六三号同五年六月十二日判決大民集第五三二頁参照)而して原判決は更に右賃貸借契約が復活するや否やに付「しかし右所有権移転契約が解除されたときは当事者間の法律関係は所有権移転契約がなかつたと同一の効果を生じ右効果に附加して予め当事者間に契約解除と共に賃貸借を消滅させる旨の特約なき限り当然復活する」と判示して居る、併し一旦死滅したる賃借権は当然復活すべきものではない。(明治三十七年(オ)第三八〇号同年十二月一日判決参照)若し特別の意思表示により之を復活するとか又は復活せぬとかの意思表示をすれば、それは特別の契約であるから別問題であるが之が為に混同の大法則に変更を来すべきものでない筈である、此点に関して原判決は大なる誤りを犯して居る。而して本件に於ては昭和二十三年中に売買契約が成立したのであるから若し賃借権があつたとして又適法に債権者に通知又は承諾ありたるものとするも民法第五百二十条但書の所謂第三者の権利の目的となつていない賃借権は当然其時は消滅したものと解すべきである、而して斯くの如くして一旦死滅した賃借権は前示判例の趣旨に基き復活しないと判断すべきものであるに拘はらず原判決は前示判例に反し当然賃借権は何等の意思表示無くして復活すべきものと判示したのは重要なる法律の解釈を誤りたる不法あるものである。

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